果しなき流れの果に (ハルキ文庫)

果しなき流れの果に (ハルキ文庫)





  • 作者:小松 左京

  • 出版社:角川春樹事務所

  • 発売日: 1997-12






 

 

 

ガイナックス製作のアニメーション『トップをねらえ!』の最終話のタイトルをご存知だろうか。

「果しなき流れの果に」
そう、このタイトルこそ小松左京氏のSF小説『果しなき流れの果に』なのである。

『トップをねらえ!』では宇宙怪獣との最終対決を終えたあと、ガンバスターを操るノリコとカズミが地球に帰還するというところで幕を閉じる。バスターマシン3号を縮退・爆発させた直後の出来事のように二人には感じられたが、地球時間では1億年以上が経過していた。もう誰も知っている人が存在しない時代に、旧時代の私たちが帰ってきてしまった。そんな思いの抱えた二人を出迎えたのは「オカエリナサイ」という地球からの電光メッセージだった・・・。と、今思い出しても号泣必死の感動シーンなのだが、ここまで見てようやくタイトルとのリンクがわかってくる。いかん、ついつい話がそれてしまった。

本書の話に戻ろう。

 

『果しなき流れの果に』は、今から50年前に初出を迎えた作品である。物語ははるか昔の白亜紀、そこに存在するはずのないベルがジリリリ・・・と鳴るところから始まる。意味深なプロローグの後、時は現代へと移る。とある時代の古墳が発掘され、その場所から砂時計が見つかった。しかし、この砂時計、ひっくり返してから砂が落ちきるまでに3分を数える品ではない。どちらに傾けても、砂は落ちるのだが、本来減っていくはずの砂が全く減らないという摩訶不思議な発掘品だった。現代科学では有り得ないものであったが、理論的には解釈することができる。そこには4次元という概念の導入が必要だ。砂時計の両端から私たちには認識することのできない空間が生じていて、かつ時計の端同士をつないでいると考えられる。しかし、なぜこんなものが古墳と一緒に埋まっていたのか。それを発見した大学教授と野々村という学生は頭をひねらす。そうして、真実を追ううちに、彼らはもっと大きな何かに巻き込まれていくこととなる。

 

舞台は、時を飛び越えることができる超越者が存在できる時代へと移る。人間が時を自由に遡ることができるようになった超未来だ。そこでの意識体には階梯と呼ばれるランクによって、与えられる権限や能力、仕事が決められている。そこでは、進化した人類同士での争いが起こっており、片や過去の時代に未来の技術や知識をフィードバックさせ、歴史をかけようとする者たち、それを阻止しようとする者たちが時を越えた攻防を繰り広げる。
しかし、彼らの争いは階梯の上のさらに上、意識体のさらに上の超意識体の手のひらで踊っていることにすぎなかった。

では超意識体とはなにか。宇宙を司る神なのか。一体なんのために存在しているのか。そして、私たち人類とはそもそもなぜ存在しているのか。

物語は白亜紀から現代、そして超未来へとうつろい、この世界の理の本質への問いを深めていく。

 

果しなき流れの果に、私たち人間の人生とはどのように捉えることができるのだろうか。本書の回答は、美しいということに尽きるだろう。どれだけ進化しようと、どれだけ時が移ろおうと、根源的なものは何も変わることがない。

本書は単なるSF小説には収まらない、人間の内面に迫るスゴ小説なのだ。