今話題の書だ。王様のブランチや読書芸人で盛大に取り上げられ今やどこの書店にいってもランキング上位に食い込む作品である。しかしながら、総ページ数が500ページを越える単行本ということもあってなかなか踏み込みにくい人も多いはずだ。長い物語を最後まで読むことができるかどうかというのは、ひとえに作品の特徴によるところが大きい。文体や余白、会話文の割合や使われている単語の難しさなどによっても変化する。本作が売れに売れているのは、メディアの取り上げによるところも大きいだろうが、一番は本作の読みやすさにあると私は思っている。
本書は2つの宗教団体とそこに巻き込まれていく男女を描いた作品である。教団Xとは、一方の団体を指す。謎に包まれた組織であり、都内のマンションにその居をとる異質なグループである。教団内では、教祖が絶対的な存在として崇められている。性の解放が教義のひとつとして据えられており、その類の描写もかなり多い。この点がAmazonレビューなどで賛否両論を巻き起こしている原因でもあるのだろう。そう本書は、賛否の差が激しい作品である。どちらの意見にも偏らない感じ方があるということは、それだけ人に訴えかけるエネルギーが本書にはある、ということの証明であるとも考えられるのだ。
心を揺さぶる一つの特徴として、大量の文献を読み込んで得られた情報から練り上げられた著者の主張がある。最新の素粒子物理学と脳科学、そしてブッダの思想の関係性や、貧困国の石油開発による既存農業などへの大打撃など、多種多様な主張が物語の進行に併せて織り交ぜられている。思わず、受け入れてしまいそうな議論が本当に多く、考えずにはいられない。そんな仕組みが文章に散りばめられている。なぜそんなことを敬遠されがちな長い物語をつかって著者はしたのだろうか。その答えは以下の文章にあると私は考えている。
ドストエフスキーが言っていることですが、でも人間は一度思想に捕えられるとなかなか変化しないそうです。理論に理論をぶつけても、その人間が変わることはごくまれです。彼らが変わるのは感情によってだとドストエフスキーは言います。そして、その思想を否定するだけではダメで、代わりに何か別の思想を得なければ彼らは絶対変わることがないと。
本には人を変える力があるという。それは読者である私たちの感情を揺れ動かすだけの力を物語が持っているということだ。本書にも間違いなくその力がある。