こんにちは!ワダマコト(@wada_makoto_)です。
「和田珈琲開業記」と題して、開業に至るまでにあった様々な出来事を記していきます。
主に失敗の軌跡です(笑)


どうぞ笑ってやってくださいまし。


コーヒー嫌いの思春期時代

10代の頃はコーヒーなんて飲みもんじゃねぇ!と思ってました。
これホントです。


炭酸飲料全盛期のころでした。砂糖たっぷり、人生に甘みを!
最高に太っていたのもこの時期です。


苦いのに、なんで飲むのか理解不能。
そう本気で思ってました。


大人の階段を登った気がした「缶コーヒーデビュー」

大学に入ってからは、酒を飲んだり、彼女ができたりして、ちょっとずつ大人の階段を登っていきました。


基本的に朝がニガテな僕は、朝食なんて取らずに、甘い缶コーヒーで代替するなんていうことをしだすようになりました。


なにがきっかけで飲むようになったのかと言われてもよく覚えていません。
強烈な出来事があったわけじゃないんです。
もしあるとするなら、隣の席に座っているイケメンが缶コーヒー飲んでたっていうくらいですかね。


たぶんカッコつけたかったんです(笑)


読書にハマってカフェを利用しだす

大学に入ってから、それまで全く見向きもしなかったものに手を出し始めます。
読書もそのうちの1つ。
(他にも自転車、旅行、ライブ、食べ歩き、インテリア、映画とかいろいろ・・・)


するとですよ、痛いことに「カフェで読書しているオレ」的なことをやってみたくなるんですよね(笑)。
そうして、大学周辺の喫茶店とかカフェに行くようになるんです。


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弘前の「zilch」で飲んだフレンチプレス珈琲とビスコッティ。


ネットに載っている店はほぼほぼ行きつくす徹底ぶりでした。
でも、毎回ランチ取るようなお金はないのでホットコーヒーだけ飲んでましたね。


今思えば、こだわりのカフェで出しているコーヒーには相当美味しいものもあって、この辺からコーヒー耐性がついていくことになります。


幸いなことに、大学周辺はコーヒーの街として売り出していた時期で、ペーパードリップ、ネルドリップ、フレンチプレスなど、様々な抽出スタイルのお店があって、それぞれに違うコーヒーを出していました。


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今でも行きつけ。「時の音」のカフェラテ。


この頃から、コーヒーは必ずブラックで飲むようになります。
二十歳のときのことです。

「お店を持ちたい」という夢を語りだす

若いときは影響されやすい口なので、カフェにいる時間が長くなると、「自分でやってみてー!」と若気の至りで勘違いしたりします。


飲食店のバイト経験もないままに想像だけしとったわけですが、たちの悪いことに、その夢を飲み会やらで口走るようになります。


カフェでコーヒー売りたいだの、ブックカフェやりたいだの、サードプレイス作りたいだの
喚き散らしてました。


しかし、口に出すっていうことは思いの外悪いことではなかったみたいで、本格的に店を持つことについて調べたりするようにもなりました。
「夢を語れば実現する」なんていうことが言われるんですが、これって本当なんですね。


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自分でラテアートやりだしたりしたのもこの頃。


当時「雑誌に載りたい!」「テレビに出たい!」とも言っていたんですが、実現してしまいました・・・。チラッとしか出てないけどね♪


コーヒー焙煎デビュー

カフェをやるなら美味しいコーヒー出したいな!なんて思って、ネット通販でいろんな店のコーヒー豆を取り寄せるようになります。


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当時取り寄せた豆たち。


だがしかしですね、凝り性な私は次第に満足できなくなっていくんですよ。
もっと美味しいコーヒーがあるはずだ!と。
一流のロースターさんから豆買っていたにも関わらず(なんて恐ろしい・・・)。


そして、自家焙煎に取り組みだします。
はじめはフライパンでした。
You Tubeで焙煎している動画があったので見よう見まねでやったんですよねー懐かしい。


記念すべき初の自家焙煎豆は、生焼けでとても飲めるようなもんじゃありませんでしたけどね!!!\(^o^)/


その後、手網焙煎に切り替えました。

世間の波に流されて、サラリーマンになる

自分の店を俺はもつ!(ルフィ風)
と言ってはいたものの、結局、就職します。


安定幻想に支配されていました。
というかレールを外れるのが怖かった。


そして・・・時は2014年

社会人1年目に家庭用の焙煎機を買いました。
給料入ると、遠慮なく使ってしまう輩だったので、1万円越えていようがお構いなくポチッとしましたね。


その焙煎機はアウベルクラフトのコーヒー焙煎キット。
商品が届いてからは、ほぼ毎日アパート2階の角部屋にてコーヒーの自家焙煎を毎日せっせとしていました。
この焙煎機は一度に150gほどしか焙煎できなかったので、作り貯めておくことがあまりできなかったのです。


コーヒーの焙煎中には、生豆から煙がけっこう出てくるので、換気扇をまわし続けている必要がありました。


それでも、深煎りまで加熱しつづけるとさらに煙の量が増していきます。


やがて、換気扇の排気能力の限界を越えると、部屋中に煙が充満していきます。


そうなると、部屋の火災報知機がなるんです!!!


「ピーッ!、ピーッ!、ピーッ !」


とけたたましくご近所さんにも迷惑なくらいに。


そりゃあうるさいのは危険を知らせるためなので、当然なんですけど火災は起きていないわけです。


これはどうにかしないといけないなぁと思い、ひとまずの対策として



焙煎中は部屋の窓やドアを全て開け放つことにしました。



これでひとまず安心。と、再び焙煎生活に戻っていきます。



しかし、一難去ってまた一難、次なる問題が浮上してきたのでした・・・



知らない番号からの着信


焙煎中に生じる煙によって火災報知機がなってしまった・・・

それに対して、部屋中の窓とドアを全開にすることで対応したのが前回でした。


 ひとまず、火災報知機が鳴るのを防ぐことには成功したんですが、


数日後、知らない携帯番号から着信があったのです。


アパートの大家さんでした。



「周辺の住宅の方から苦情がきてまして・・・」
 


なんとも重苦しい雰囲気が電話越しに伝わってきました。 


 「煙やニオイがしてくるとのことなんですが、なにをされているんですか?」


コーヒーの焙煎をしていることを伝え、


その時には、部屋の窓やドアを開けずに焙煎をするということで話がまとまりました。



まさか、部屋からでた煙がそこまで広範囲に広まっているとは思いもしませんでした。



外に出たとしても、ニオイは空気と混ざって薄まるから大丈夫だろうと思ってもいたのです。



この見通しの甘さが周辺にお住まいの方たちにご迷惑をおかけすることになってしまったのです。 



うーん、どうにかせねば・・・(焙煎をやめることも検討にいれていました。)



そこから、試行錯誤がはじまったのです。



続く。


焙煎の煙がご近所さんのところまで届いていた・・・というのが前回でした。


焙煎中は窓を開けられない、という制限がついてしまいました。


そこで、ここから試行錯誤が始まります。


まず、煙が出ることはコーヒー焙煎ではゼロにすることができません。


コーヒー生豆には水分や糖類、油分などが含まれるため、火にかけると必ず煙が出てしまうのです。


その前提条件があった上で、家庭用の換気扇による排気のみで対応しなければいけない。


そこで私は、2つの焙煎ルールを作って対応することにしました。それは、
(かなり苦肉の策でしたが・・・。)



1. 深煎りは作らない

(中深煎り以降、急激に煙の量が増えるため)


2.換気扇下をフードで覆って焙煎する

(部屋への煙の充満を防ぐ)
 


実は、当時深煎りのコーヒーにハマっていまして・・・しかもそのコーヒーを送って〜という友人もいたので、この決断はかなり勇気のいるものでした。
苦いコーヒーが飲めないのに焙煎なんて・・・と、思ったほどです(笑)



換気扇をフードで覆うことについては、いかにお金を使わずにやるかで迷い、結局こうなりました。


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ガスコンロのまわりに立てるレンジガードをぶら下げて、煙の流路を確保したつもりです(笑)
今見てもハリボテ感がすごいですね・・・。



ただ一応は、2点の対応で火災報知機の発動と、窓からの煙の流出をある程度は防げました。



さらに、焙煎する豆の量を少なめにして、煙量を抑えられるようにもしましたね。




焙煎後に、家の周辺を歩きまわったりして、換気扇から出た煙のニオイがするかどうかチェックしたりして・・・ (どんだけ焙煎好きやねんという話ですが(笑))



この対応で、焙煎後に大家さんから電話がかかってくることはなくな
ったのです(一応)。


しかし、私は再びやらかしてしまったのです。。。
その後の焙煎生命を脅かす大きなミスを・・・。




膝から崩れ落ちた

換気扇まわりに手を入れて、焙煎にルールを設けることで、ひとまず煙対策を施して一安心!
というのが前回でした。


しかし、その数ヶ月後に私はまたもややらかしてしまったんですよねー。。。


フードをつけたんだから、深煎りをやっても大丈夫だろうと!

そう甘い検討をつけて、これまで好んで作っていた深さまで焙煎してしまったんです。

完全に若気の至りでした・・・。


換気扇にフードをつけていようがなんだろうが、換気扇の排気能力を超えた煙量は外に出せないのです。


目の前がモクモクで白〜くなっていきます

ビーッ!ビーッ!とけたたましく鳴る火災報知機


スーッと引いていく血の気・・・


あぁやってしまった、、、


ひとまず報知器の停止ボタンを押し、煙が落ち着くのを待ちます。


少しして、案の定、iPhoneの呼び出し音がなりました。

このときばかりは「黒電話」のようなジリリリリリ!という、悪魔の音に聞こえましたね。



電話の内容は、もうお察しの通りで、
「コーヒーの焙煎はこれっきりにしてくださいね」
ということでした。



この日が、茨城でのコーヒー焙煎、最後の日となりました。



僕はコーヒーが好きです

コーヒー焙煎が禁止されてしまったことで、私の心にはポッカリとした穴があいたような日が続きました。 


こだわりにこだわって焙煎した自分のコーヒーが飲めない。


好みのコーヒーを探しまわってもなかなか見つからない。


とにかく深煎りが売っていない!!!


焙煎がしたい・・・。 


会社での仕事が終わって、帰宅しても考えているのはコーヒーのことばかり。


思えば、会社でも自分で淹れたコーヒーしか飲まないような輩でした。



ようするに、1分1秒全力コーヒーバカなのです、私は。



普通、コーヒーは淹れるだけでも面倒なものです。

東京で働く友人が言っていました。


ミルで挽くのも、淹れるのも面倒くさい。

出てきたものを飲むので十分!



でも、私はコーヒーの焙煎をしているのです。

暑いし、煙いし、服にニオイはつくし、薄皮で床は汚れるし・・・


そんな「面倒くさい」の最上級レベルのことを、
あえて好んでしていました。


なんの苦もなく。


ただただ美味しいコーヒーを求めていただけです。



しかし、焙煎が禁止になったことによって、


私がいかに周りから見ると「できない」ことを平然とやっていて、


しかもそれを「好きで」やっているということがわかりました。


私は、どうしようもなくコーヒーが好きなのです。
 

このような何の変哲もないけれど、大切なことに気づいてから、私は「これからの私の働き方」について改めて考えていくようになります。



今いる会社の安定的な道を歩んでいくのか、


毎日毎日考えてしまうコーヒーの道へ踏み出すのか。



もうこの選択肢が出てきてしまった時点で、 どう転んでいくのかは想像に難くないですが、


大好きなコーヒー焙煎ができなくなったことで、いかに自分がコーヒーのことを考えて生きているのかが、わかったのでした・・・。



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旅先に持っていっていたコーヒーグッズたち。 


リスクを取るか安定か

コーヒーが好き。
焙煎が好き。


失ってはじめて人は大切なことに気づきます。


しかし、残念ながら、僕の社会人生活には「コーヒー焙煎」を余暇でやりながら暮らしていくという選択肢がなくなってしまいました。
(当時は借り上げの社宅だったので、引っ越して家賃払おうなんて考えもしなかった)


勤めていた企業は今思ってもいい会社で、お給料もいいし、週休2日だし、残業もないようなとこでした。
同級生は誰もが羨む待遇の会社だったと、自信をもっていえます。


でも、焙煎ができない・・・。
まさかそんなことでと思われるかもしれませんが、本気で重要なことだったのです。


そうする内に、退職してコーヒー屋をやったらいいんでないかという想いが頭に出てくるようになります。


頭に思い浮かべるだけならよかったのですが、その頃の僕には、本から得ていた素晴らしい価値観が根付いていました。


こうして僕は、日々、コーヒー屋としての独立に向けて準備を進めていくことになります。
粛々と準備を続けてはいたのですが、この動きはある出来事をきっかけに急速に展開します。


(この続きは現在執筆中です)


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