書き手:吹越タカヒト


タイトル通りの事を書き綴る。微塵も興味がない人には退屈だろうがご容赦願いたい。


 『倫敦千夜一夜物語』は1837年から1901年にかけて、ヴィクトリア女王が英国を治めていた時代を舞台にしたお話だ。陰謀によって生家を追われた貴族の兄妹、アルフレッドとサラが、ロンドンで貸本屋を営みながら訪れる客が持ちかける謎めいた問題を解決していく。貴族の坊ちゃんが抱える悩みから、探偵のように殺人事件の真相に迫る物まで。当時の女性の価値観や社会的地位、男女間における性観念についても詳しく再現しているため、この時代の魅力の一端を感じることが出来る作品だ。





 さぁこの本に触れるのはここまでだ。後は延々この時代についての解説である。





 ヴィクトリア朝、ロンドン、探偵。このキーワードで思い浮かぶ人物は人によって様々だろうが、マジョリティとしてはやはりシャーロック・ホームズだろう。


 列挙すれば、シャーロック・ホームズにほんの少しだけ遅れてエルキュール・ポアロ。ご近所のフランスではアルセーヌ・ルパンも大暴れしている。時代を超えてなお大勢に読まれ続ける、H・G・ウェルズの『タイムマシン』や、『不思議の国のアリス』で有名なルイス・キャロルもこの時代。こういった読み物に縁がない人は『ジョジョの奇妙な冒険』などいかがだろう。第一部『ファントム・ブラッド』のジョナサン・ジョースター。あの作品もこの時代に該当する。女性を中心に大人気の『黒執事』もだ。


 この時代を舞台にした名作が数多いというのが、ヴィクトリア朝の最大の魅力だろう。作品を通して語り合える人間がかなり多いのだ。


 次に当時の英国を取り巻く情勢について触れよう。一言で言うとカオスな時代である(だからこそ面白いのだが)。


 この時代の英国は産業革命による繁栄を誇り、主だった国でインド、カナダ、オーストラリア、さらにはアフリカや東南アジア、太平洋の島国の一部まで統治している。ヴィクトリア女王も「わが領土に日の没するところ無し」とまで宣う程だ。英国本土においてもその急速な繁栄は顕著で、19世紀初頭には人口が85万人ほどだったのが、1899年には700万人にまで増えている。何そのねずみ算。産めよ増やせよを地で行く程の勃興である。……まぁ実際は他所からの流入が大半だっただろうが。
 

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 上に示したのは、1898年にカナダで発行されたクリスマス切手の画像だ。少し荒くて申し訳ないが、赤い部分が英国領である。どれだけ英国が台頭していたかが伝わるだろう。


 しかし、あまりにも人口が増えすぎたせいで衛生環境は急激に悪化してしまった。「霧の都ロンドン」という名前を聞いたことがあるだろう。ちょっとムーディーな印象を抱かせなくもない呼称だが、この『霧』の正体は石炭の年長による煤煙などのスモッグである。時代が下った1952年には、この大気汚染が原因で1万人もの死者を出すほどだった。


 悪化したのは衛生面だけではなく治安も同様である。スラム街で売春婦の連続殺人を起こした切り裂きジャックがその筆頭である。加えて児童労働は当たり前で、しかも危険な仕事もかなり多かったようだ。煙突掃除をしていて子供が黒焦げになってしまう(!)という事態もザラだったという。当時の英国は中央の「シティ」、富裕層が住む「ウエストエンド」、スラム街である「イーストエンド」と、住む場所が区分けされていた事からも分かるように、貧富の差がはっきりとしていたのだった。


 輝かしい時代である一方で、多くの闇を抱えていた時代。すなわち、混沌たる時代だったのである。それ故に、冒険やサスペンスの舞台にはぴったりの時代、とも言える。


端的に、それも駆け足でざっくりとこの時代について触れたがいかがだろうか。少しでも興味を持ってくれた方には、是非『シャーロック・ホームズの冒険』と『エマ』をオススメしたい。前者は英国のグラナダTV製のドラマ、後者は漫画である。
 



エマ (1) (ビームコミックス)

エマ (1) (ビームコミックス)

  • 作者:森 薫
  • 出版社:KADOKAWA/エンターブレイン
  • 発売日: 2002-08-30



この2作品はこの時代の情勢・文化・雰囲気を忠実に再現している作品だ。一見の価値あり、である。



 ……これではあまりに『倫敦千夜一夜物語』をないがしろにしている気がするので、こちらについての評も述べておこう。


 ヴィクトリア朝独特の雰囲気はしっかりと保ちつつ、妹に近づく悪い虫は片っ端から排除する兄と、兄の男色家説を聞いただけで真っ赤になって気絶しかける妹というように、キャラクターはしっかりと魅力的だ。貸本屋を営む、という設定上、話の主軸にもやはりヴィクトリア朝時代の書籍が密接に絡んでくる。今作で主に取り上げられた作品は『シャーロック・ホームズ』シリーズと、『アラビアン・ナイト』、そしてルイザ・メイ・オルコット著『若草物語』である。昨今日本でも流行りだしたビブリオ・ノベルの一面も持ち合わせているという、一冊で二度美味しい作品でもある。帯の文句である「ヴィクトリアン文学ミステリー」の言葉通りだ。


 この時代に少しでも興味を持って頂けたなら幸いである。そしてこの時代の魅力にどっぷりと浸かるがいい。書名に「倫敦」と書かれているだけで本書を買った私のようになるがいい。きっとその頃には、一度訪れてみたい脳内外国ランキング1位が「英国」になっているだろう。